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Reply |
秀蓮気功について |
匿名希望 |
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2010/02/04 21:48 |
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p1075-ipbf07motosinmat.mie.ocn.ne.jp |
男性 35歳 A型 三重県 |
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はじめまして。初めて投稿させていただきます。福岡に本部があり「枡友秀治」と言う方が代表でこの方が行っている「秀蓮気功」とはどの様なものでしょうか?資料だけでは分からない事があるので質問させていただきました。 |
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Reply |
Re:ヘッセ 「シッダールタ」 |
Noboru |
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2010/01/30 00:04 |
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67.128.150.220.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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fujikokoniさん、お久しぶりです。こんにちは。
> 先日、ヘルマン・ヘッセのシッダールタを読んだのですが、
> 覚醒体験のそのものだ!と思ってびっくりし、書き込みしに来ました。
たぶん20代のころに読んだ記憶がありますが、内容はわずかしか覚えていません。
> 物語で主人公が体験する一連の事柄(至高体験→忘却→覚醒のながれ)に共感を得ました。
> 90年も前に書かれた本だということに驚きました☆
ぜひ、探し出して読んでみようと思います。
今読むと、また全然ちがった印象を持つことになると思います。
読むのを楽しみにしています。
ありがとうございました。 |
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Reply |
ヘッセ 「シッダールタ」 |
fujikokoni |
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2010/01/27 10:07 |
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133.5.152.236 |
女性 30歳 |
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ご無沙汰しております、こんにちは。
先日、ヘルマン・ヘッセのシッダールタを読んだのですが、
覚醒体験のそのものだ!と思ってびっくりし、書き込みしに来ました。
有名な本ですが、もしお読みになってなかったら読んでみてください!
物語で主人公が体験する一連の事柄(至高体験→忘却→覚醒のながれ)に共感を得ました。
90年も前に書かれた本だということに驚きました☆ |
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Reply |
Re:行 |
Noboru |
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2010/01/03 14:51 |
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170.184.150.220.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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クシャトリアさん、お返事、すっかりおそくなってしまいました。
その理由は、おそらく私の中で「行」ということに関して、
何かをとくに語るほどの、変化も「進歩」もないからだと思います。
ただし、こうして何か書き込んでいただくことは、私にとって
何らかの刺激になっているのは確かです。
私も「もっと熱心に瞑想したい」という思いが湧いてきます。
その意味で、私自身が瞑想へと「復活」するときも必ずあると
思っています。 |
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Reply |
行 |
クシャトリア |
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2009/12/25 17:11 |
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dhcp-ubr2-50163.csf.ne.jp |
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>クシャトリアさん、すみません。
>クシャトリアさんの丹田呼吸法については、私は何もわからないので、コメントは差し控えさせていただきます。
そもそも、この肉体と気の感覚的なことを言語化することは
不可能なのかもしれません。
言語化すれば、おそらく聞き手の大半は何か固定化したやり方
や決まりきったパターンを信じ、そのひとつの方法に拠ろうと
してしまい、失敗してしまう。
僕自身が何度も繰り返しながらも、なかなかその単純なミスに
気付かなかった。理屈が全ての絶対感覚(自然体)
をたった一つの感覚のみを実行する(不自然体)にしていた。
例えば坐禅で、全てを任せきってうまくいっているという時は
無意識の中で無意識にやっている。その中には無意識に丹田呼吸
、不要な力を抜く、意識の拡散を制御している、呼吸と気のバラ
ンス、などなどを同時にしているのでしょう。それらが一致した
ところにようやく、修行始まりの地点があると僕はみています。
従ってこの行というものは、本人が本人のみでしか実現しえない
のではないかと思います。理屈は神の無限の手の多くをもぎ取り
不自由な状態にする最大の敵かもしれません。師匠の言葉は大事
ですが、師匠は自分で気付くように仕向けることしか出来ないはず
です。つまり結局は自らに拠るしかないのでしょうね。 |
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Reply |
Re:またも失敗 |
Noboru |
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2009/12/10 21:45 |
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43.128.150.220.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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> この丹田呼吸法は頭でわかるよりも体で覚えたほうがいいみたい
> です。
クシャトリアさん、すみません。
クシャトリアさんの丹田呼吸法については、私は何もわからないので、コメントは差し控えさせていただきます。
> 最近酒の勉強に励んでます。
> あれほど精神的に病んでいて、人一人にすら自己表現出来なかった
> 僕が、接客業の最高峰とも言われるバーテンダーをするなんて
> 夢にも思わなかったことです。
> 普通のサラリーマンも無理だとあきらめていたのですから。
> ようやく努力が出来る精神状態になれて、今は野望に満ち溢れて
> おります。
努力して、やってやろうという気持になれて、本当によかったと思います。ぜひ念願をかなえてください。
> 店をいずれ開きますが、その時はnoboruさんをご招待させ
> てくださいね。絶対に解脱しますから。
ご招待いただけるとは、うれしいですね。では、その時を楽しみにしています。 |
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Reply |
またも失敗 |
クシャトリア |
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2009/12/08 20:48 |
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dhcp-ubr2-50163.csf.ne.jp |
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この丹田呼吸法は頭でわかるよりも体で覚えたほうがいいみたい
です。
厳密にいうと吐く呼吸だけでは丹田呼吸法にはならない(あた
りまえか)
吐く息と、体の力、特に下腹部の入れ方が一致しなきゃいけない
みたいでして、肉体と呼吸のバランス?だと思う。
もちろん不要な力は抜いてです。
この呼吸法が成功しているという証拠は、気が充実してくる、
あるいは気が”練れている”と感じているか?ということだろう
と思います。
てなわけで、この呼吸と体の絶妙な一致は体と感覚で覚えていく
しかないようです。
今日はその感覚で実行したところ成功しました。
仕事終わっても元気ぴんぴんだし、心の調和がほぼ保たれていた
と実感できました。
昨日は倒れるかと思うほど疲れてたのに(笑
しかし少なくとも
坐禅での調和を日常に持ち込めたのですから、こんなありがたい
ことはありません。ただし、やはり訓練が必要だと思いました。
この丹田呼吸法、全身全霊とも言える状態とも言い換えることが
できるのではないでしょうか?僕の一人勘違いだったらすみま
せん(笑
>私も最近、これは瞑想関係ではありませんが、自分がやりたい
>という気持に素直にしたがって楽しくやり始めたら、思わぬ
>展開があって、ワクワクしています。
僕は、noboruさんとはちょっと違うかもしれないですけど
、最近酒の勉強に励んでます。
あれほど精神的に病んでいて、人一人にすら自己表現出来なかった
僕が、接客業の最高峰とも言われるバーテンダーをするなんて
夢にも思わなかったことです。
普通のサラリーマンも無理だとあきらめていたのですから。
ようやく努力が出来る精神状態になれて、今は野望に満ち溢れて
おります。僕を馬鹿にしてきた数多くの憎たらしい連中を一掃
してやろうと、燃えに燃えまくってます。ホントにコケにされま
したから。絶対に連中を見返してやるつもりです。
店をいずれ開きますが、その時はnoboruさんをご招待させ
てくださいね。絶対に解脱しますから。 |
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Reply |
Re:やっぱ失敗でした |
Noboru |
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2009/12/06 10:17 |
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43.128.150.220.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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> noboruさん、お元気そうでなによりです。
ありがとうございます。
> そもそも坐禅で調和を得るのは簡単なのに、なぜ日常ではその
> 調和を得られないんだ?というのが僕の昔からの疑問でした。
> それじゃ意味がないからです。
そうですね。これについてはヴィパッサナー瞑想の先生も大いに問題にしていました。瞑想中にサマーディにいくら入っても、日常生活で元の木阿弥ではなんの意味もないと。だから生活そのものを整えることの重要性を強調しています。
> 老師に電話でこれを質問したところ、そりゃあたりまえじゃ!目から耳から様々な情報が入り云々〜と言われましたが、それでも納得できませんでした。
日常生活の中で何か一点に集中してしまうと集中しすぎて危険を伴うこともあり、ヴィパッサナー瞑想では日常の工夫は、気づきを重視します。これは禅でも同じかもしれません。特定の対象に集中するのではなく、今自分が行っていることにマインドフルでいる。自分の心が色々な対象に向かうのは、それに任せるけど、ただそれに気づいている。そんな感じです。
> それが最近、気を感じるか感じないか?
> その違いにあるのではないか?と思いました。
気を感じることは、今ここにある自分の感覚、しかも霊的なものにつながる感覚への気づきなので、日常生活の中でそれを感じることはとても重要なことだと思います。私もクシャトリアさんの言葉に刺激されて、日常での気の感覚を大切にしていこうと思います。
> 丹田に意識をもっていってしまったのが失敗の要因か?
> 間違ってはいないんでしょうけど、微妙なズレ。
> 呼吸と気のノリと意識がたぶん、一致していなかった。そのズレが
> フェイク丹田呼吸法となり、時を無駄に過ごしただけでした。
> (仕事中にずっとやってたんですが全然楽にならない)
呼吸と気の動きのずれというのは、私も感覚としてすごくよく分かります。瞑想がうまく行かないとき、この気の感覚を意識的に強めて瞑想を深めようとしたりしましたが、ヴィパッサナー瞑想からすると邪道でした。ただし、中国では瞑想中気に集中することが、瞑想法として発達したようです。
> けっこう楽しんでる自分がいます。
クシャトリアさんの呼吸法の探求の具体的なところは分かりませんが、ご自分の感覚を信頼し、楽しみながらなさっていることは何よりだと思います。
私も最近、これは瞑想関係ではありませんが、自分がやりたいという気持に素直にしたがって楽しくやり始めたら、思わぬ展開があって、ワクワクしています。 |
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| 7565 |
Reply |
やっぱ失敗でした |
クシャトリア |
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2009/12/05 23:24 |
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dhcp-ubr2-50163.csf.ne.jp |
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noboruさん、お元気そうでなによりです。
noboruさんも色々工夫なさってるんですね。
実は、やはり、というか今日の丹田呼吸法はてんで駄目でした。
僕も坐禅は最近やってないです。その代わりに日常で色々と
工夫をするのが禅みたいな感じになってます。
そもそも坐禅で調和を得るのは簡単なのに、なぜ日常ではその
調和を得られないんだ?というのが僕の昔からの疑問でした。
それじゃ意味がないからです。
老師に電話でこれを質問したところ、そりゃあたりまえじゃ!目から耳から様々な情報が入り云々〜と言われましたが、それでも
納得できませんでした。それが最近、気を感じるか感じないか?
その違いにあるのではないか?と思いました。
坐禅では無意識になり、特定の方法によらないで任せていたので
それが目を開いて、意識をし始めると、おそらく呼吸など無意識
に整えている部分を完全に無視していたり、なにかと見落として
いたところがあるのでしょう。
そこで、今日の反省。
丹田に意識をもっていってしまったのが失敗の要因か?
間違ってはいないんでしょうけど、微妙なズレ。
呼吸と気のノリと意識がたぶん、一致していなかった。そのズレが
フェイク丹田呼吸法となり、時を無駄に過ごしただけでした。
(仕事中にずっとやってたんですが全然楽にならない)
そこで最初の、息を吐くのみに集中するという基本に戻ったら
またも気が充実してきて調和がやってきました(仕事帰りに
バイクに乗りながらですが)
吐く呼吸→気の充実→その気と共に高めていく(その感覚を強め
ていく)と、それが自然な逆腹式呼吸であり丹田呼吸法になって
いる=本気。ではないか?というのが本日の答えでした。
この「わかった」がわかったではないというのはこういうことです
(笑)何度も繰り返してますから。
吐く息のみに意識を向けて、自然に丹田呼吸法に至るようにもって
いき、明日以降は試してみるつもりです。
思えば、あの無条件の愛も吐く息と同時に、丹田振動現象から
発展しました。吐く息と丹田に何やら秘密があるのかもしれませんね。
少なからず、最初の呼吸は意識的な呼吸で間違いないんです。
しかし丹田呼吸法に切り替わると、その感覚を体で覚えてしまえば
意識を放下できるような気がするんです。それを試してみたい。
けっこう楽しんでる自分がいます。 |
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| 7564 |
Reply |
Re:まだあれなんですが |
Noboru |
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2009/12/05 21:53 |
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43.128.150.220.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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お返事、ありがとうございました。
> 逆腹式呼吸です。吸う時に腹がへこみ、吐くときに下腹がでる
> (ような感じ)
>
> ちょいと下腹の力を使う感じでしょうか。
> 最初は吐く息だけに呼吸を意識してました。30分くらいで
> なんか妙に調和感がやってくるなと気付いたら、自然な
> 逆複式呼吸になってたんで。ああこれがもしかしたら丹田呼吸法
> かな?と思いました。
いろいろ工夫しながらなさっているのですね。
自分なりの工夫が、瞑想の格段の深まりにつながることはあると思います。
私は、今は土日を中心にほそぼそと瞑想を続けています。
瞑想合宿は、もう2年ほど行っていません。
しかし、瞑想への意欲は徐々に復活してきています。
ヴィパッサナー瞑想では、呼吸は自然な動きにまかされます。
腹の動きに集中しますが、呼吸そのものは自然にまかされます。
ただ、単調な腹の動きに注意を持続させていくには、やはり自分なりの工夫が必要です。
ヴィパッサナー瞑想では姿勢も、禅宗の座禅ほどうるさくはいわれません。
> 今まで本気というと、気を発していたんです。だから気が抜ける
> 感じが不快でしたが、この呼吸法だと気を練る感じでしょうか
> 。力が抜けるというよりも気力が充実してくる感じです。
瞑想をしているときは、気感が鋭くなり、気が充実し整ってくる感じは私もあります。 |
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| 7563 |
Reply |
まだあれなんですが |
クシャトリア |
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2009/12/03 18:57 |
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dhcp-ubr2-50163.csf.ne.jp |
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noboru さん久しぶりですね。
僕のわかったはわかってないことが多いのであれなんですが、
逆腹式呼吸です。吸う時に腹がへこみ、吐くときに下腹がでる
(ような感じ)
ちょいと下腹の力を使う感じでしょうか。
最初は吐く息だけに呼吸を意識してました。30分くらいで
なんか妙に調和感がやってくるなと気付いたら、自然な
逆複式呼吸になってたんで。ああこれがもしかしたら丹田呼吸法
かな?と思いました。
今まで本気というと、気を発していたんです。だから気が抜ける
感じが不快でしたが、この呼吸法だと気を練る感じでしょうか
。力が抜けるというよりも気力が充実してくる感じです。
まだお試し期間なんですが。これを利用すれば修行はかなり楽に
なるなと思いました。今は仕事中など日常オールでこれをやって
る感じです。 |
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| 7562 |
Reply |
Re:念 |
Noboru |
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2009/12/01 22:04 |
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43.128.150.220.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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クシャトリアさん、お久しぶりです。
(以前、よく書き込みをしてくださっていたクシャトリアさんですよね。)
> 丹田呼吸法
>
> 本気の状態だと自然にこの呼吸になってることに
> 最近気付きました。この状態だと非常に楽です。
丹田呼吸法といっても、いろいろな仕方があると思うのですが、
具体的にはどのような方法ですか。 |
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| 7561 |
Reply |
念 |
クシャトリア |
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2009/11/29 01:12 |
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dhcp-ubr2-50163.csf.ne.jp |
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丹田呼吸法
本気の状態だと自然にこの呼吸になってることに
最近気付きました。この状態だと非常に楽です。
毎日毎日相変わらす失敗ばっかですけど、なんとなく
修行が楽になってきました。
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Reply |
Re:小さな命 |
Noboru |
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2009/11/07 09:37 |
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46.32.44.61.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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> 尾崎豊を聞いてもらえると嬉しいです。
「卒業」をあらためて聴きましたので、後ほど感想を書きます。
> しかし、皆さんの体験談を見るとびっくりします。何故なら考え方が同じだからです。なぜ「愛」や「神」という感覚を強く感じてしまうんでしょうね?宗教的な事は否定的だったのに、神という存在を強く感じました。
> 「至高体験事例集」は、こうして共通の体験をもった人たちが、体験の意味を確認する場としても役立っているようです。それぞれ表現の違いや、とらえ方の微妙なずれはありますが、しかし、核心部分では深い共通性があるのですね。
> ちなみに腹に入っていた何かはいったいどこへ行ったのでしょう。今は完全に感覚が無くなってます。普通の人に戻ったのでしょうか?うーん…。
この点にも共通性があるように感じます。多くの方は、「至高体験」からの「揺り戻し」があり、そんなことを何度か繰りかえしながら、成長していくようです。 |
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| 7559 |
Reply |
Re:小さな命 |
限界破裂 |
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2009/11/05 18:28 |
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pv02proxy10.ezweb.ne.jp |
男性 26歳 |
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返事ありがとうございます。尾崎豊を聞いてもらえると嬉しいです。しかし、皆さんの体験談を見るとびっくりします。何故なら考え方が同じだからです。なぜ「愛」や「神」という感覚を強く感じてしまうんでしょうね?宗教的な事は否定的だったのに、神という存在を強く感じました。無宗教でも色々な方が神や愛を感じるのは、やはり神がいるからと思います。経験の無い人にはいくら言っても分かってはもらえないものですね。逆に気持ち悪いと言われたりするので誰にも言えません。その時が来るまで待つしかないんですね。ちなみに腹に入っていた何かはいったいどこへ行ったのでしょう。今は完全に感覚が無くなってます。普通の人に戻ったのでしょうか?うーん…。 |
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| 7558 |
Reply |
Re:小さな命 |
Noboru |
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2009/11/01 23:19 |
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46.32.44.61.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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「限界破裂」さん、書き込みありがとうございます。
掲示板を、こうして開設しておいてよかったなと思うのは、このような書き込みをいただいたときです。
> こんな小さな虫でも生きている。形なんか関係なかった。人間も虫も何も変わらない。「命」なんだと。そして人間に生まれたのは愛する事を知る事なんだと。愛を知る事が出来るまで苦痛と戦わなければいけないんだ。弱肉強食で生きる生命、この現実こそ地獄なんだと。輪廻も神も実際に存在する。
体験からくる言葉の真実さに打たれます。真実の体験は、それを読んだ人にも、読んだ人のそれぞれに応じて、多かれ少なかれ影響を与えていくのだと思います。私も、あなたの言葉を読んだ体験が、自分の目覚めへの強い促しになっていくよう生きていきたいと思います。
>しかし生きる為には金が必要で、愛する気持ちさえあればあとは何もいらないという真実とは裏腹に金がまとわりつく。一体どうしたらいいか分からなくなり軽くうつ状態になってしまいました。
私自身、金へのとらわれがあります。「つつましく生きる上に最低限必要な金がもたらされればそれでいいはずだ」と頭では分かっていながら、そしてそうしたとらわれがなくなってしまえば楽だろうなとどこかで思いつつ、とらわれています。
〉今その気持ちを支えてくれてるのは歌です。今までまったく聞かなかった尾崎豊を何故か聞くようになり、卒業という曲を聞くとこの輪廻からの卒業と歌っているようにしか思えません。尾崎豊を聞くと俺は間違って無いはずと思えます。
私も数年前から尾崎豊をときどき聴くようになりました。生きていることの苦しみから搾り出すように、命を削りながら歌っているように感じられました。「卒業」、あらためて聞いてみようと思います。 |
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Reply |
Re:脳内のおしゃべり |
Noboru |
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2009/08/06 13:31 |
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46.32.44.61.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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fujikokoniさん、こんにちは。
貴重な情報をありがとうございます。
> 心理学の方で、脳内のおしゃべりを観察するというのがされているようです。
> フォーカシングという手法は、それに相応するかと思います。
フォーカシングに、そういう観察法があるということは、はじめて知りました。さっそくしらべて見ます。
> 「感じ」に名前をつけたり、それと一緒にいるいうようなものです。インターネットにもたくさんやり方が出ていますよ。
身体感覚にフォーカス(焦点付け)するという方法でしょうか。
フォーカシングについて最近の動きは知らないので、インターネットで検索してみます。
> カウンセリングは治療なので、反復できる手法を大事にしていると思いますがら、そういったところから出てきた手法は再現しやすいのかなと思います。
ヴィパッサナー瞑想のラベリングの技法は、自分の心の状態に適切な言葉を与えることにより深い洞察に至るということで、クライエント中心療法とすごく通じるものがありますね。
自分の心、思考の流れを、カウンセラーの前で自由に表現していくことは、脳内おしゃべりの外在化ともいえるかもしれませんねん。
しかし、じっくり聴いてくれるカウンセラーの前で脳内おしゃべりを外在化していくので、気づきが深まるのかもしれません。 |
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| 7554 |
Reply |
脳内のおしゃべり |
fujikokoni |
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2009/08/05 16:07 |
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133.5.152.236 |
女性 29歳 |
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心理学の方で、脳内のおしゃべりを観察するというのがされているようです。
フォーカシングという手法は、それに相応するかと思います。
カウンセリングから出た手法らしいです。
「感じ」に名前をつけたり、それと一緒にいるいうようなものです。インターネットにもたくさんやり方が出ていますよ。
カウンセリングは治療なので、反復できる手法を大事にしていると思いますがら、そういったところから出てきた手法は再現しやすいのかなと思います。 |
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| 7553 |
Reply |
日常的な思考の研究 |
Noboru |
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HOME |
2009/08/05 11:01 |
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寧応さん、
私のブログの記事私たちの共通の盲点
への書き込み(2009-08-02)ありがとうございます。不具合で私の方からブログにコメントできないので、こちらにお返事させていただきます。
>初期仏教が詳しく研究してますよ。
日常的な思考を浄心所25種、不善心所14種、同他心所13種に分類してます。分類し、理解したところで、止められませんけどね。
初期仏教にそういう詳しい研究があるといことは、読んだことがあります。
内容はあまり覚えていません。
日常的な思考(脳内おしゃべり)が、私たちにとって何を意味するのかということは、
現代人にとってもとても大切なことで、むしろより大切になっているかも知れません。
無自覚のまま、それが延々と続いている普通の状態と、そういう思考に気づき静まる状態との違いは何か。日常的な思考の状態とはどういう状態なのか。
そういったことについて現代人に注意を促すためにも、現代の心理学や現象学や、脳の研究、そういった見地からの研究がとても必要だと思ったのです。でも、実際には、そういった研究は、まったくないのではないでしょうか。 |
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| 7552 |
Reply |
Re:私たちに共通する盲点 |
Noboru |
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2009/07/30 21:39 |
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46.32.44.61.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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eriさん、こんばんは。
> さて、今回、ブログに書かれていた「私たちに共通する盲点」、確かにそうだなと深く納得しました。
> 無自覚の夢のような、フタも底もないダダ漏れの容器のように、常に脳内おしゃべりが流れていることに、ほとんどの人が気づかないでいますね(自分自身もしかり)
「フタも底もないダダ漏れの容器のように」‥‥うまい表現ですね。
しかも脳内おしゃべりは、今に生きるの妨げになっているのでしょうね。脳内おしゃべりは、過去を悔いたいり、未来を憂えたりするのに忙しく、今を未来の手段としか理解しないらしい。
> その無意識のおしゃべりを、少しずつでも意識的であり、綺麗な流れに変えていけるといいのですけど。
本当にそうしたいと思います。 |
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| 7551 |
Reply |
私たちに共通する盲点 |
eri |
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2009/07/30 18:25 |
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eaocf-31p58.ppp15.odn.ne.jp |
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こんにちわ。お返事ありがとうございます。
ブログも遊びにきていただいたとのこと、重ね重ねありがとうございます。
さて、今回、ブログに書かれていた「私たちに共通する盲点」、確かにそうだなと深く納得しました。
無自覚の夢のような、フタも底もないダダ漏れの容器のように、常に脳内おしゃべりが流れていることに、ほとんどの人が気づかないでいますね(自分自身もしかり)
その無意識のおしゃべりを、少しずつでも意識的であり、綺麗な流れに変えていけるといいのですけど。 |
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| 7550 |
Reply |
えりさんへ |
Noboru |
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HOME |
2009/07/29 23:07 |
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えりさん、ブログの
失敗、そしてサティという記事にコメントいただき、
ありがとうございました。
>でも、あとから考えてみると、そういう動きをしてしまったときに、自我のキズはそのまま傷跡がうっすらと残ったままで、何度も同じところにキズがいくように思います。
>そのまま留まってみるのが、一番綺麗に回復ができるように思うのですが…。
すぐに「補償」してしまうのではなく、傷ついたところに留まり続けるということですね。まさにそれが、エックハルト・トールもいっていたことだと思います。
あわてて傷ついた自我を修復しようとすのではなく、傷ついたままに留まり、また防衛しようとする自我に気づく。そんなことだと思います。
>それと、最近ブログを始めました。よかったら、お時間のあるときにでも、遊びにきていただけれると嬉しいです。
涅槃へGO!ですね。
何回かおじゃましました。今度、コメントさせていただくかもしれません。 |
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| 7549 |
Reply |
Re:ふじろぐ:愛についての覚醒 |
fujikokoni |
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2009/06/30 19:48 |
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133.5.152.236 |
女性 29歳 |
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通りすがりさん
ふじろぐの著者のfujikokoniです。読みに来てくださり、また冊子のご紹介をありがとうございます!
同じような体験が多くあるということなんでしょうね。
事実としては嘘かもしれない、という思いはまだありますが、体験(症例?)としてはあるのだなというような考え方を今はしています。 |
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| 7548 |
Reply |
ふじろぐ:愛についての覚醒 |
通りすがり |
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2009/06/17 05:44 |
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p7117-adsau12honb8-acca.tokyo.ocn.ne.jp |
男性 61歳 |
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河口慧海の仏教日課という冊子があります。毎朝のお祈りのための教本です。その一節が、書かれていることとそっくりなので紹介します。
仏とは無量無辺の宇宙間に遍満する無限の光明にして、無始無終に一切衆生を慈育したまえる徳力の総体になずけられる。約して申さば、宇宙の光明たる大智慧心と、宇宙の徳力たる大慈悲心は、自生の法身仏にして是を自覚体得して一身に発現したまえる人を生身仏とは申すなれ。
法身仏は生身仏を離れて存在したまわず。生身仏もまた法身仏を離れて存在したまわず。
この法生不二の実相をこの世界に実現せられしは、今より二千五百有余の昔インド国はネランジャナ河の西岸菩提樹下において成道せられし釈迦ムニ如来にてはおわすなれ。
以下省略
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| 7547 |
Reply |
えりさんへ |
Noboru |
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HOME |
2009/06/16 21:42 |
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ブログの記事:心の穴を受け入れるにコメントいただきありがとうございます。都合でこちらにお返事させていただきます。
≫自分という織物にいわば大きな穴を空ける。
>これは、すごく分かります。
大きな穴で、喪失感を深く感じます。
今、私が感じる大きな穴は、子供ですね。
子供も自分のものではない。
私がいなくなっても、なんとかして、きちんと食べていくだろうし、成長もしていくだろう。
母親を亡くしたという心の穴を、幼い子供に残すかもしれないが、それもこの子にとって必要なことかもしれない。
それでも、自分のほうに、ものすごい執着が生まれます。自分も子供も、大きな輪廻の輪の中にいるのに、しっかりつかんだ手の力を緩めるというのは、とても難しいことですね(汗)
私も、身内のことが大きな問題です。でも、その悲しみや苦痛があるからこそ、人生を見る目を深めてくれているということを、最近つくづく感じます。
生きるということは、喪失を前提にしてあるのですね。喪失を受け入れ、surrenderして人生を生きるのか、喪失するしかないものに執着することで生き、苦しむのか、その違いなのですね。
最近、毎日のようにsurrenderということを意識して生活しています。 |
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Reply |
yasuさんへ |
Noboru |
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2009/06/16 21:28 |
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ブログの記事:
仕事中のラベリングにコメントいただき、ありがとうございます。都合でブログにお返事できないのでこちらにさせていただきます。
>いつも拝見させて頂いております。私も日々脳内思考における独り言に巻き込まれ、ラベリングがなかなかできません。ただ単に見つめてあげればいいのに、脳内思考→不要なもの→排除したい→排除することが恐い→と無意識に戦っているような気がします。仰るとおり、脳内のおしゃべりを禁止事項にせず、思考と戦わないことを意識してみようと思います。
ご覧いただいているとのこと、ありがとうございます。私も、いつも日常生活の中でのサティ、ラベリングの難しさを感じます。でも最近、つくづく思います。そこに戦いが入ってくれば、戦うことで逆にエゴが強化されるのだと。
脳内おしゃべりは、敵ではなく、私の気づきのために、無限に贈り続けられる贈り物だと、見方を変える必要がありそうです。贈り物に気づかないでやり過ごすのは、もったいない。みすみす、気づきのチャンスを失うことだと。
でも、たとえ見過ごしたとしても、気づくまで無限に贈り続けられるのだから、また気づく機会を作ればいい。それぐらいに気楽に行こうと思います。
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Re:リンクありがとうございました |
Noboru |
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2009/06/14 09:18 |
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fujikokoniさん、こちらこそ、お久しぶりです。
> 最近思いますが、神秘体験みたいなものも人によりいろいろ違って、表面をかすったような感じの時とどっぶり体験した時とでは印象が違う気がしました。
> どっぷりの方は、体験に対して疑いがない言い方になるような・・・。
たぶん、そうなのでしょうね。もうひとついうと、体験しても元の状態(エゴが存在する)に戻ってしまう場合と、戻らない場合という違いもあるようですね。私は前の方を至高体験、後者を覚醒体験と区別しています。(もちろん、いくら深い体験をしても、もとに戻ってしまうという場合もあるとは思いますが。)
> 通りすがりさんのコメントを見て思いましたが、
> >体の気が驚いて発狂する
> というのは私はなかったですが、今までの人生観とその体験が示す常識が違い過ぎて苦しんだ、というのはありました。おかげで精神的に具合が悪くなりました^^;
> あと、体験が強烈過ぎたのか自分の中で一時期それがなかったことにしていたこともありましたよ〜。
自分の神秘体験をどう理解し、対処し、受け入れていくかということも、とても大切な問題なのでしょうね。このサイトをやっていても、一時的な危機の中で事例集を読むことで、自分の体験の意味を納得したとう方が、かなりいるようだということが分かりました。
fujikokoniさんのブログのご自身の体験を記された部分、もう一度、ここにリンクしておきます。
こちらです。→ふじろぐ:愛についての覚醒 |
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Re:私の臨死体験−1 |
Noboru |
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2009/06/14 08:58 |
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通りすがりさんへ
>3、4は話が長くなり書ききれません。つい最近私はブログを始めました。//d.hatena.ne.jp/Newshirogarasu/をもしご興味があればのぞいてください。ややわかっていただける所もあると思います。
ブログをごしょうかいいただきありがとうございました。
こちらですね。→Newshirogarasuの日記
ざっと読ませていただき、河口慧海にたいへん興味が湧きました。今後、読むことができればと思っています。とりあえず御礼まで。 |
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Reply |
リンクありがとうございました |
fujikokoni |
MAIL |
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2009/06/12 16:15 |
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133.5.152.236 |
女性 29歳 |
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Noboruさん、お久しぶりです・
ブログ、いらして下さったようでありがとうございます。
また、にリンクを張ってくださりありがとうございました。
お礼がずいぶん遅くなってしまってすみません。
最近思いますが、神秘体験みたいなものも人によりいろいろ違って、表面をかすったような感じの時とどっぶり体験した時とでは印象が違う気がしました。
どっぷりの方は、体験に対して疑いがない言い方になるような・・・。
通りすがりさんのコメントを見て思いましたが、
>体の気が驚いて発狂する
というのは私はなかったですが、今までの人生観とその体験が示す常識が違い過ぎて苦しんだ、というのはありました。おかげで精神的に具合が悪くなりました^^;
あと、体験が強烈過ぎたのか自分の中で一時期それがなかったことにしていたこともありましたよ〜。
今はもう大丈夫ですけれども。 |
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Reply |
続き |
通りすがり |
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2009/06/11 18:41 |
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p7117-adsau12honb8-acca.tokyo.ocn.ne.jp |
男性 61歳 |
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ただ無事通過できると初禅果を得たという幸運になるようです。善性がとりわけよかったのでしょう。 |
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Reply |
Re:こんばんは....。。 |
通りすがり |
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2009/06/11 18:35 |
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p7117-adsau12honb8-acca.tokyo.ocn.ne.jp |
男性 61歳 |
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怖いですね。昔から知られていたようです。なにかの拍子に、神的なものがもれだし、愛の炎と智慧の光が神様で、人間すべてにこの芽がある(仏子)と感覚的にわかったと書いていた人がいましたが、彼女は典型です。8触というそうです。体の気が驚いて発狂することもあるそうです。 |
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Reply |
こんばんは....。。 |
KENT (7513・7514〜7523・7525) |
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2009/06/10 19:35 |
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210.229.193.165 |
女性 39歳 O型 岐阜県 |
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そうですよねーー臨死体験って...。
確かに、怖いです。大変ですよねーー。
慣れるまではー。 |
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Reply |
Re:私の臨死体験−1 |
Noboru |
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2009/06/08 20:26 |
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68.84.145.122.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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通りすがりさん、お返事ありがとうございました。
> 3、4は話が長くなり書ききれません。つい最近私はブログを始めました。//d.hatena.ne.jp/Newshirogarasu/をもしご興味があればのぞいてください。ややわかっていただける所もあると思います。
了解しました。さっそく読ませていただきかす。とりあえず御礼まで。 |
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Reply |
Re:私の臨死体験−1 |
通りすがり |
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2009/06/08 09:44 |
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p7117-adsau12honb8-acca.tokyo.ocn.ne.jp |
男性 61歳 |
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> 1)きっかけに関して
これはまだ他人に公開したくはない微妙な事情があります。
2.これは他人に語るにはあまりに恐れおおい所があり詳細には書けません。ただ人間の改良プロセスとして試練があたえられる段階があり、その詳細が書かれており、私はこのケースでした。3、4は話が長くなり書ききれません。つい最近私はブログを始めました。//d.hatena.ne.jp/Newshirogarasu/をもしご興味があればのぞいてください。ややわかっていただける所もあると思います。
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Reply |
Re:別の事例ー鍵田忠三郎氏の例 |
Noboru |
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2009/06/07 13:20 |
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68.84.145.122.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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通りすがりさん
> 奈良市長を長くつとめ、衆議院議員にもなられた鍵田忠三郎は、大文字焼きの創設者です。氏は結核で死ぬ間際、四国巡礼中に臨死体験のような霊体験をし、同時に死にかけていた体はほぼ完治したそうです。
鍵田忠三郎氏の例もざっと読ませていただきました。たいへん興味深かったです。のちほど感想など書かせていただきます。 |
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Reply |
Re:私の臨死体験−1 |
Noboru |
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2009/06/07 13:18 |
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68.84.145.122.ap.yournet.ne.jp |
男性 東京都 |
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通りすがりさん、貴重な体験のご報告ありがとうございました。興味深く読ませていただきました。
そこでいくつか質問をさせていただきます。差し支えのない限りでお答えいただければ幸いです。
1)きっかけに関して
> 40歳になってすぐ、異変が起こりました。職場の同僚の一人が霊能者であることがわかったのがきっかけです。
職場の方が霊能者であることが、どのようなきっかけとなって、その後の急激な変化につながっていったのかが、よく分かりませんでした。さしつかえなければ教えてください。
2)「スウェーデンボルグを知り、疑問は氷解」「完全に自分に起きたことが、正確に差大漏らさず書かれていた」とのことですが、具体的にはどのような内容を読んで、どのように疑問が氷解したのでしょうか。
3)河口慧海の本で、なぜ出家すべきでないと思われたのでしょうか。
4)体験後の変化について
「スウェーデンボルグと河口慧海の本を読んできました。だんだん人生が変わってきた気がします」とのことですが、具体的に何がどのように変わられましたか。人生観や世界観はどのように変わられましたか。性格の上で変わられたことはありましたか。
※ 無理をなさならなくとも結構ですので、お答えいただける範囲でお願いできれば幸いです。 |
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Reply |
別の事例ー鍵田忠三郎氏の例 |
通りすがり |
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2009/06/07 08:37 |
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p7117-adsau12honb8-acca.tokyo.ocn.ne.jp |
男性 61歳 |
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奈良市長を長くつとめ、衆議院議員にもなられた鍵田忠三郎は、大文字焼きの創設者です。氏は結核で死ぬ間際、四国巡礼中に臨死体験のような霊体験をし、同時に死にかけていた体はほぼ完治したそうです。詳しくは//www4.kcn.ne.jp/~hozoin/kagitashinkou.htm
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